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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1783号 判決 1982年5月31日

控訴人 乙山春子

被控訴人 甲野夏子

<ほか二名>

右三名・訴訟代理人弁護士 向井孝次

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  甲野太郎が昭和四八年三月一〇日東京法務局所属公証人宮崎三郎作成昭和四八年第九八五号遺言公正証書をもってした遺言は、無効であることを確認する。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一・二審を通じて二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  主文二項同旨

3  甲野太郎の遺産につき、昭和四八年八月五日控訴人と被控訴人らとの間でなされた分割の協議は、無効であることを確認する。

4  訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

控訴棄却

第二当事者の主張

次のとおり訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

原判決六丁表につき、七行目「訴訟」を「訴状」と改め、一〇行目「急行」の次に「電鉄」を加える。

理由

一  本件遺言について

1  原判決理由説示一1(同判決一一丁表三行目から七行目まで)を引用する。

2  本件公正証書による遺言の存在は、争いないところ、被控訴人らは、昭和四八年三月一〇日正午過ぎ頃慈恵医大病院の病室において、遺言者である太郎が右公正証書の作成者である宮崎公証人に対し右遺言の趣旨を口授したものであると主張し、《証拠省略》中には、右主張にそい遺言の趣旨の口授がなされた旨の記載ないし供述が存する。しかし、これらの記載・供述は、いずれも次の説示に照らして採用し難く、他に右主張の口授の事実を認めるに足る証拠はない。

すなわち、《証拠省略》によれば、太郎は、本件遺言公正証書作成の日である昭和四八年三月一〇日には全身衰弱し、午前一一時頃口腔内清拭施行を大変嫌がり早く止してほしい旨の動作を示したが、言語は不明瞭で聞きとれず、午後一時頃には昏迷状態で呼びかけに対しても返事をしなくなり、午後二時四五分酸素テントの使用を開始したが、翌一一日午前六時二〇分に死亡したこと、このような病状の経過からみて、担当医であった長島医師は、同月一〇日正午から午後一時の時間帯に太郎が他人と会話を交すことは、かなり確実に不可能であったと考えていることが認められるのであって(前掲甲第二号証中には、呼びかけに対しても返事がない状態につき、Somnolence(呼びかけに対し正確に答えるが、また、すぐ眠ってしまう状態)との記載があるが、これは、証人長島義弘の証言によれば、同人がSomnolenceの意味を誤解していたためで、正しくはStupor(刺激を与えても起きてこない状態)もしくはSemicoma(刺激に対し心理的にも身体的にも全く応答せず、ただ呼吸し心臓が動いているにすぎない状態の一歩手前の状態)と記載すべきものであったことが認められるから、右認定の妨げとなるものではない。)、右認定の事実によるならば、本件遺言公正証書の作成時に、太郎が遺言の趣旨を口授できたものとは認め難い、というべきである。

3  よって、その余の判断をするまでもなく、本件遺言は、無効といわなければならない。

二  本件遺産分割協議について

1  原判決理由説示二1ないし3(同判決一四丁表一行目から一六丁表一〇行目まで)を、次のとおり改めて引用する。

(一)  同一四丁表七行目「敬」の次に「・控訴人(原審及び当審)の各」を加える。

(二)  同丁裏九行目「ならば」以下末行「のうち」までを「ことを要求し、結局右」と改める。

(三)  同一五丁表九行目の冒頭から「したので」までを「したので、渡部が右三条件につき逐次控訴人の了解を得ながら具体的文言を口授し」と改める。

(四)  同丁裏一〇行目につき、冒頭の「は」を「につき」と改め、「変更」を「を付加」と改める。

(五)  同一六丁表四行目「原告」の次に「(原審及び当審)」を加える。

2  控訴人の錯誤の主張(請求原因2(四))について判断するに、《証拠省略》によれば、控訴人は、本件遺産分割協議当時、本件遺言の存在を知らなかったことが認められるから、右遺言にかかる寄附財産が分割すべき遺産に属することを知らず、遺産の範囲につき錯誤があったものと推認することができる。

しかしながら、遺産の協議分割においては一部分割が許され、残余の遺産については、あらためて追加的に分割すればよいと考えられるから、一部分割の際遺産の範囲に錯誤があっても、その錯誤が右のごとく遺産たるべきものを分割の対象に組入れなかった点に存するときは、後日の追加的分割に著しい支障を及ぼす等特段の事情がない限り、要素の錯誤にあたらず、右一部分割の無効をきたすものではないと解するのが相当である。そして、本件において右特段の事情を窺うに足る証拠はないから、控訴人の錯誤の主張もまた理由がない。

三  結論

以上の次第で、控訴人の本訴請求中、本件遺言の無効確認を求める部分は、正当として認容すべきであるが、その余は、失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条・九三条一項・九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鰍澤健三 裁判官 枇杷田泰助 裁判官佐藤邦夫は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 鰍澤健三)

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